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専門医インタビュー

麻酔とリハビリ~手術後の傷の痛みを和らげる工夫~

大熊一成 先生

埼玉県

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日本整形外科学会専門医 日本リハビリテーション医学会専門医 慶大医学部非常勤講師

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この記事の目次

最近ではテレビや新聞で多く取り上げられている「人工膝関節手術」。どのような手術かは、すでにご存知の方も多いはず。 しかし、手術中や手術直後の痛みを和らげるための疼痛管理(麻酔)やリハビリについてはあまり知られていないかと思います。今回は、さいたま市立病院 整形外科部長の大熊一成先生にお話を伺いましょう。

人工膝関節手術は、どのような麻酔を行うのですか?

 局所麻酔(腰椎麻酔、硬膜外麻酔)、全身麻酔のいずれの場合もあります。現在は、局所麻酔のみで行うこともありますが、多くは、全身麻酔が選択されます。手術中の痛みを取り除くという意味では全身麻酔のみで十分ですが、手術後の痛みをできる限り取り除く 目的で硬膜外麻酔または神経ブロックなどを併用することが多いです。特に最近では、術後の肺塞栓(血管内に血栓ができる疾患)の予防目的で抗凝固療法 (血液をかたまりにくく、さらさらにする治療法)を行うことが多く、坐骨神経と大腿神経ブロックを併用する施設が増えてきました。術後2〜3日はこのブロックで、だいぶ楽に過ごせるようになっています。

全身麻酔は不安に思われる患者さんもいますが……。

 全身麻酔は麻酔科医が担当し、ひとりの患者さんにずっと付きっきりで患者さんの状態を見ています。 患者さんには意識はありませんから直接お話しすることはできませんけれど、心電図、血圧、血液中の酸素濃度など患者さんの基本的な変化を逐一逃すことなく観察しているので、安全性はきわめて高いですね。

手術後、麻酔から覚めたら膝の痛みはなくなっているのでしょうか?

 手術が終わり、病室に戻られた時は、手術を行った傷口にも直接麻酔薬を投与しているのであまり痛いと言われる方はいません。どちらかというとケロッとしています。
 当日の夜は、神経ブロックの効果が持続しており、座薬や注射で軽く眠ることはできます。その後、痛みは少しずつ引いていきます。個人差はありますが、だいたい3日間ぐらいは痛みが強いので、その間いかにつらく感じることなく過ごさせてあげるかというのが医師のつとめでもあります。術後の痛みを軽くするという目的は、ふたつあります。 ひとつは、患者さんのストレスの軽減、そしてもうひとつは、早期から円滑にリハビリを始められるということですね。リハビリを始められれば、早く退院でき、経済的な負担も軽くできます。また俗にいう「エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症)」などの予防にもつながるのです。

術後に行われる麻酔の種類を教えてください。

 「硬膜外ブロック」、「末梢神経ブロック(大腿神経ブロック、坐骨神経ブロック)」、「点滴から痛み止めの薬を入れる方法」の3つですね。
 「硬膜外ブロック」は、脊髄神経のまわりに麻酔薬を入れて、下半身の感覚を鈍くすることで痛みを軽減させるという方法です。3つ挙げたなかでは、もっとも優れた鎮痛効果があります。カテーテルというチューブを入れて24時間から48時間、長時間入れることができます。 ただし下半身全体に効きますから、手術した脚だけではなく反対の脚にも効いてしまう。リハビリでは少し力が入りにくいので、歩く練習がしにくい、ということがあるかと思います。
「末梢神経ブロック」というのは、「大腿神経ブロック」と「坐骨神経ブロック」のふたつを同時に行います。「大腿神経ブロック」は、大腿から膝の脚の表側、「坐骨神経ブロック」は、脚の裏側に効きます。いずれも手術した側の足だけに麻酔が効くというのが利点ですね。
 オピオイドという麻薬系の薬を「点滴によって血管に入れる方法」もあります。麻薬というと依存症を考えがちですが、そんなことはありません。ただ吐き気やめまい、消化器症状が副作用として出る場合があります。
 こうした神経ブロック、点滴、それに飲み薬や「クライオセラピー」といって、局所を冷やす方法が併用されることもあります。冷たく冷やすと感覚が鈍くなるし、出血が少なくなるというデータもあります。痛みと腫れを少しでも軽くさせてあげるのに冷やすという方法もあるのです。

手術後のリハビリについてうかがいます。

 関節の安定を保つ役割を果たしている筋肉や腱は、動かさないとすぐに弱ってしまいます。ですから一般的には手術翌日からリハビリを行います。 患者さんがなるべくつらい思いをせずに、患者さんの自主性を重んじて、それをサポートするというのが病院側の基本姿勢でしょう。それが、リハビリを早く進めて、退院までの期間を短くするコツです。

リハビリの種類を教えてください。

 手術翌日、立って歩く練習から始まります。いきなり膝を動かすのは大変なので、どちらかというと足首を動かして、足に力を入れる練習ですね。歩くのは数メートルというのが現実的でしょうか。 術後二日は、リハビリ室で引き続き歩く練習と、CPMと呼ばれる膝の曲げ伸ばしを補助してくれる専用の機械を使用する場合もあります。痛みの範囲内で行いますが、患者さんに「もうちょっと頑張って」という姿勢で臨んでもらっています。この「ちょっと頑張ろうか」というところがつらいようですね。

 歩行練習は最初の1週間ほどは、U字型の歩行器につかまりながら体重を掛けて歩くので、負担は少ないですね。その後T字の杖を使って歩く練習です。
 2週間ほど経ったところで、階段の上り下り。3週間ほどで、杖を使いながら300メートルから500メートル歩けるようになり、階段の上り下りも、手すりと杖を使えば十分一人でできるようになるでしょう。 毎日続けてきた曲げ伸ばしで、膝が退院までに120度くらい曲げられるようになる事を目標にしています。
 ひとつの目安が3週間。遅い人も、早い人もいます。退院後、手術による傷の痛みは自然と消えていきます。

術後、時間が経過してから、痛みを訴える人も時にいるようですが……。

 人工膝関節手術は、その多くの患者さんが、「長年なやまされてきた痛み」から解放されます。でも患者さんによっては、「十分に膝の痛みがとれる」手術とは言い切れません。術後に、痛みが残っていると訴える方も少ないですがいらっしゃいます。
 手術して、もし1年後に痛みが残っている場合には、原因としては、感染や、リハビリがうまくいかなくかたい膝になってしまったり、脂肪体などの組織が挟まったりなどが考えられます。また、手術の傷に触れるだけで強い痛みがはしるような神経痛などもあります。
 ですから術後相当たってからも痛みが続く場合は、まずは手術した病院で十分に納得のいくまでお話しすることが基本だと思います。それで納得がいかなかったときには、自分ひとりで悩まないで他の医療機関で相談することが大事です。

変形性膝関節症の方、ご家族の方々へのメッセージを。

 変形性膝関節症は、65歳ぐらい、だいたいリタイアした後ぐらいの年齢から膝がすこしずつ痛くなることが多いようです。家族のために一所懸命働いてきて、やっと自分の時間ができたという頃です。ご本人はそれまで「時間ができたら世界中を回るんだ」、「温泉にでも通って悠々自適に過ごしたい」、「時間ができたらこういうことをしよう」などと思い描いてたと思います。
 ところが膝が痛くなると、そんなことを思う余裕がなくなり、忘れてしまう。朝起きて、家事などをして日々最低限しなければいけないことだけをして、一日が過ぎてしまう。私はそんな方々に、昔思い描いていたことを思い出してほしいと思うんです。
 昔は、「人に迷惑をかけるようになるまでは手術をしない」という風潮がありましたが、最近は「大好きな旅行に行けない」、「趣味のソーシャルダンスが踊れない」など、趣味ができなくなって手術を受ける方が本当に増えてきました。
 ある人はゴルフが好きで、80前後で回られていましたが、好きなゴルフができないどころか、じっとしていても痛いということで手術を受けられました。いまは、飛距離が10~20ヤード落ちたけど、90前後で回れているとのことです。人工膝関節手術を行うと、人生でできることが広がるという好例ではないでしょうか。
 膝の痛みで悩まれている世代は、我慢してしまいがちで、ご本人ではなかなか決断できないものです。ご家族が親身になってご一緒に考えていくことが、とても大切だと思いますね。


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