専門医インタビュー
静岡県
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股関節(脚の付け根)を骨折する「大腿骨頚部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)」は、家の中での軽い転倒でも起こることがあります。高齢になるにつれて発生率が高くなる傾向があり、70歳代から急激に増加することが報告されています。この受傷を機に寝たきりになったり閉じこもりになったりする可能性があるため、高齢の方はより注意が必要です。
大腿骨頚部骨折の原因と治療法について、順天堂大学医学部附属静岡病院 准教授の諸橋 達 先生にお伺いしました。
外転倒などをきっかけに脚の付け根に強い痛みが生じて歩けなくなり、立ち上がるのもほぼ困難になったりした場合、その原因として股関節を形成する大腿骨を骨折していることがあります。
大腿骨は、丸いボール状の「骨頭(こっとう)」が、首のようにくびれた「頚部(けいぶ)」につながり、さらに太く出っ張った「大転子(だいてんし)」と「小転子(しょうてんし)」につながるという複雑な形状をしています。
この細い頚部を骨折するのが「大腿骨頚部骨折」で、太く出っ張った転子部を骨折するのが「大腿骨転子部骨折」です。若い方の多くは、交通事故などを原因とする強い衝撃によって骨折しますが、高齢者は立ったり歩いたりしている状態から少し転倒しただけでも骨折が生じることがあります。
大腿骨頸部骨折
大腿骨転子部骨折
大腿骨頚部骨折は70歳代以上がとくに多く、患者さんの約8割が女性です。高齢の女性によく見られるのは、女性に多い骨粗しょう症が年齢とともに進行し、骨がもろくなっていることが大きな原因だと考えられています。私が診察した中では、布団につまずいて畳の上で転んだだけで骨折したというケースもありました。もし軽い転倒で骨折するようであれば骨粗しょう症を患っていることが多く、その場合は骨密度を高めたり維持するため、お薬の治療を手術治療と同時に進めていくこともあります。
頚部骨折では、頚部が関節包(かんせつほう)という組織に包まれているため、細い動脈でしか血液を供給できず、骨がくっつきにくい(癒合しにくい)とされています。さらに、頚部骨折によってこの細い動脈もダメージを負うと骨頭まで栄養供給ができなくなり、骨が癒合したとしても、後から骨頭壊死(えし)を起こすことがあります。骨接合術の場合は、受傷してから3日以内が手術するタイミングの目安の一つとされており、骨のずれを戻して正確に癒合させるためには可及的速やかに手術を行うことが推奨されています。
人工関節置換術を選択する場合には骨接合術ほどの緊急性はありませんが、高齢の方は手術までの待機時間が長いと、寝たきりによる機能障害のリスクが高まるとされています。動かない時間が長いほど回復が期待しづらいため、1週間以内を目処に手術を行うのが望ましいでしょう。
手術治療が基本で、骨接合術か股関節を人工物に置き換える手術(人工関節置換術)を行います。骨接合術は骨折した部分を金属でできたピンやスクリューで固定する方法です。若い方は骨接合を行うことが多く、60歳代以降は骨のずれ方やご自身の活動性、骨質といった条件をふまえながら、骨接合術と人工関節置換術のどちらを選択するか検討していきます。骨の状態が悪い、骨折のずれが大きい場合は骨が癒合しにくいので、人工関節置換術を適用することが多くあります。
股関節の人工関節置換術には2種類あり、骨折した大腿骨の骨頭を置き換える「人工骨頭置換術」と、骨頭に加えて骨盤側で骨頭を受ける寛骨臼(かんこつきゅう)も置き換える「人工股関節全置換術」があります。
人工股関節
人工股関節全置換術は、人工骨頭置換術よりも活動時の痛みが出にくいという報告があり、アクティブに動かれる方により適していると思います。その理由は、人工骨頭は患者さんごとに形が異なる寛骨臼と組み合わせるためミリ単位でフィットさせるのが難しいことや、軟骨が歳とともに弱くなって金属の骨頭に負けてしまうことです。また、骨折と同時に関節を安定させる関節唇(かんせつしん)や軟骨が損傷している場合があります。人工骨頭置換術では損傷した部分が残るため、活動性が高い方の場合はこれが原因で痛みが生じてしまうことがあります。一方、人工股関節全置換術では骨頭・寛骨臼ともに人工物に交換するので、金属と骨が接触している部分は動かないため痛みが出にくいと考えられています。骨折する前から変形性股関節症や寛骨臼形成不全症がある場合には、最初から人工股関節全置換術を選択することがあります。
一方、人工骨頭は骨を削るのが大腿骨側のみのため人工股関節と比べて侵襲性が低く、手術中の出血量が少ないことや手術時間が短いことが特徴です。内科的な疾患がある方には、身体の負担を軽減するために人工骨頭を選択することがあります。
手術後の脱臼があげられます。手術では人工関節を設置するために筋肉を切るのですが、関節の安定性が下がり、不安定な状態で動作をしてしまうと骨頭が寛骨臼から外れる(脱臼)ことがあります。また、筋肉を切る量が多くなってしまうので、手術後の筋力低下が懸念されます。
現在では手術において人工関節を入れるために切開する位置や方法(アプローチ)が開発され、主に5つのアプローチ(後方、側方、前側方、前方、上方)があります。一般的には、後方よりも側方、前側方、前方、上方のほうが後方の関節包やそこを裏打ちする筋肉を切らずに温存できることから、脱臼のリスクは低いと言われています。しかし、骨粗しょう症で骨が脆い方には前方や前側方だと大腿骨を少しひねった状態で狭い視野から手術を行うため、わずかですが手術中に骨折が起こるリスクが考えられます。そのため、手術中の視野が良好で脱臼リスクの少ない側方アプローチや、若干の脱臼リスクはあるものの、側方アプローチと比較して侵襲が少ない後方アプローチ、視野は狭いものの大腿骨をほぼひねらずに手術が行えて低侵襲である上方アプローチを選択することもあります。
手術方法は施設によって異なることもありますから、手術後に避けたほうが良い動作があるのかなど、事前にしっかりと確認しておくと良いでしょう。
大腿骨頚部骨折が起こると、手術前の生活レベルから1ランク下がりやすいと言われています。例えば、歩行できていた方が杖歩行に、杖歩行の方が歩行器に、歩行器の方が車いすに、ということもあり得ます。手術後翌日から約10日~2週間くらいの入院期間でリハビリを行っても日常生活への復帰まではなかなか難しく、リハビリ病院に転院するなどして1~2カ月ほどリハビリを継続される方がほとんどです。せっかく手術をしても動かないと寝たきりのリスクが高まってしまうため、専門家のもとでじっくりとリハビリに取り組んでください。
退院後は筋力や体力がかなり落ちていますので、再び転倒しないよう気をつけましょう。とくに、普段から足首をしっかりと上げて歩く習慣を付けておくと前脛骨筋(すねの筋肉)が鍛えられ、小さな段差でつまずきにくい歩き方になります。またバリアフリーの住環境を整えるのもいいでしょう。
自宅で転倒するなどの軽いアクシデントによる骨折を防ぐためには、骨に刺激を与えて強化させることが大切です。高齢になると骨粗しょう症が進行するほか、外出の機会が減ることで運動による骨への刺激が減り骨の状態が悪くなっていくことがあります。骨密度の検査をして必要であれば骨粗しょう症の治療を行い、食事のなかでカルシウムやビタミンを積極的に取るようにしましょう。また筋力をつけることも骨折の予防に重要です。ウォーキングや体操、水中歩行などの運動を、無理のない範囲で1日30分を目安に続けるようにしてください。
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