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専門医インタビュー

アスリートの反復性肩関節脱臼 スポーツや目指すキャリアに合わせて自分に合った治療を

  • 岩堀 裕介 先生
  • あさひ病院 スポーツ医学・関節センター長
  • 0568-85-0077

愛知県

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日本整形外科学会専門医、日本リウマチ学会専門医、日本リウマチ財団リウマチ登録医、日本リハビリテーション医学会認定臨床医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本肩関節学会代議員、日本リウマチ学会評議員、日本肘関節学会理事、JOSKAS評議員、日本整形外科スポーツ医学会代議員、中日ドラゴンズチームドクター

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この記事の目次

肩の脱臼は他のけがとは異なり、初発年齢が低いほど再発しやすいのが特徴で、10~20代で初発した人の80%程度が再発します。個人差がありますが、再発を繰り返すうちに徐々に脱臼しやすくなります。今回はあさひ病院 スポーツ医学・関節センター長の岩堀裕介先生に、アスリートが脱臼について知っておくべきことや治療法を伺いました。

肩の関節は脱臼しやすいと聞きます。原因を教えてください。

肩関節はボール(上腕骨頭)と受け皿(肩甲骨関節窩)の組み合わせでできています。大きなボールに対して受け皿が小さく浅いため、ゴルフのティーの上に乗ったゴルフボールのような状態で、人間の関節の中で最も脱臼しやすいといわれています。そのため、骨の不安定な構造を補うためにいくつかの安定機構が存在しています。受け皿の周りには関節唇(かんせつしん)があり、軟骨でできた土手が取り囲み吸盤の役割もします。また、靱帯を内蔵する関節包(かんせつほう)が上腕骨頭を包み込んでいます。この靭帯は膝や股関節など他の関節と違い、骨頭がずれかかったり、骨頭が動く範囲が限界を超えかかって緊張した時だけ、肩関節を安定化する役割があります。さらに、関節包の外側の前方・上方・後方を4つの筋肉が取り囲み、骨頭を抱きかかえるように引き付けて安定化しています。これらの筋肉が骨頭に付着する部分を腱といい、これらの腱が集まって板のように見えるので腱板といわれています。
そうした安定機構があっても、スポーツ活動中の転倒や転落、ラグビーやアメフトのタックル、格闘技の関節技などで、過度に水平伸展や外転外旋されると前方関節包が破綻して脱臼します。また、オーバーヘッドアスリート(投球やスマッシュ、アタックのような動作を伴うスポーツの選手)や審美系パフォーマー(体操、バレエダンスなど)によくみられる元々緩い(柔らかい)肩の場合には、投球やスマッシュ、スパイク動作などの軽微なストレスでも(亜)脱臼することがあります。アスリートにとって緩い肩は、しなりやしなやかさといった武器にもなる反面、脱臼しやすいという弱点にもなるわけです。

肩関節のしくみ
肩関節のしくみ
脱臼の原因となる動作の一例
脱臼の原因となる動作の一例

肩関節の脱臼は、なぜ繰り返しやすいのでしょうか?

脱臼や亜脱臼(外れかけて戻る状態)が一度でも起こると、前方関節包、関節唇のどこかが損傷します。損傷形態には、前方関節唇が肩甲骨関節窩から剥がれる「バンカート損傷」、関節包が上腕骨側から剥がれる「HAGL損傷」、関節包自体の弛緩・断裂があり、それらが複合する場合があります。10~20歳代といった若い世代は、バンカート損傷の比率がとくに高く自然に治りにくいため脱臼を繰り返す「反復性肩関節脱臼」になりやすいです。
脱臼は整復されると一見症状が目立たなくなることも多いですが、再発やパフォーマンス低下の防止のためにも脱臼したら早い段階で整形外科へ受診されることをおすすめします。治療法には保存療法と手術療法がありますが、年齢、性別、利き手かどうか、スポーツ種目、活動レベル、シーズン中かどうか、職種、学生の場合は学年など様々なことを考慮しながら治療法を決定します。一般人では、手術は2回目の(亜)脱臼を生じて以降に検討するのが原則ですが、アスリートの場合、脱臼の再発を防ぐこと、パフォーマンスが下がらないこと、早期復帰できることを優先し、初回の脱臼後に手術を選ぶ場合もあります。

バンカート損傷
バンカート損傷

アスリートの場合、どのようなタイミングで手術を検討すればいいですか?

手術をすると、患部の保護のために術後3~4週間は装具固定し、肩に負荷の加わるスポーツ活動を数ヶ月間控える必要があります。また、スポーツ活動から離れるために患部外の機能低下も生じ、その回復のための時間も必要になります。そのため、練習再開時期は術後4~6ヶ月、競技への復帰は術後早くて6ヶ月から競技種目や手術内容によっては1年以上かかる場合もあります。その期間から逆算して、手術をするタイミングを決定します。
例えばラグビー選手の場合、高校1年生であれば、早めに手術をして2年生以降の競技復帰を目指せば良いですが、高校2年生の秋から冬に受診した場合には、手術をすると高校3年の現役活動期間がほとんどなくなるため、脱臼防止装具の装着やタックルスキル訓練など再発リスクを減らす対策をとりつつ、何とか高校3年冬までプレーを続行することを許容する場合もあります。高校3年の現役引退後大学へ進学してラグビーを継続する場合、またはラグビーは引退する予定でも脱臼を繰り返していて、その不安から日常生活に支障をきたしている場合には、卒業前であっても手術を選択することがあります。それ以外は経過観察とすることが多いです。
野球選手の場合、患部が投球する側の肩かどうかで方針が変わります。投球側は(亜)脱臼を再発しなくても、投球時の外転外旋の動作において痛みや不安感を生じて投球パフォーマンスが低下するため、投手の場合には早い段階で手術を勧められることがあります。野手の投球側では守備位置の変更のほか、打撃が得意な選手の場合であれば打撃主体にして、遠投、ヘッドスライディングを控えていただいて、しばらく経過をみることが多くなります。
患部がグローブを装着する側の場合は、保存療法を選択することが多いですが、脱臼に対する不安感や痛みが強い場合、打撃の引き手側のフォロースルーに不安を生じる場合には、早めに手術を選択します。

肩関節脱臼では、どのような手術を行うのでしょうか?

鏡視下バンカート修復術

鏡視下バンカート修復術

大きく分けて2つあります。ひとつは関節鏡を使ってバンカート損傷やHAGL損傷を修復する鏡視下手術、もうひとつは烏口突起(うこうとっき)という骨の先端を移植する烏口突起移行術です。
「鏡視下バンカート修復術」は肩甲骨の受け皿(関節窩)の縁に、「鏡視下HAGL修復術」は上腕骨頚部に糸付きのアンカーを打ち込み、アンカーから出た糸を剥がれた関節唇や関節包に通して縫い付ける方法です。鏡視下手術は1cm程度の皮膚切開を3~4か所加えるだけで実施できるため、傷口が小さく術後の痛みも少ないです。ただし、次に触れる烏口突起移行術に比べて術後の再発率がやや高いことに課題があります。そのため最近では、患者さんの状態に合わせて後方関節包と腱板を骨頭の後ろ側に縫着するremplissage(レンプリサージ)という手技を補助的に加えることがあります。

烏口突起移行術について、詳しく教えてください

烏口突起の一部を切り、肩甲骨の前側に移行することで骨欠損を補正する手術です。骨を切る大きさによって、スクリュー1本で固定するBristow(ブリストウ)法とスクリュー2本で固定するLatarjet(ラタジェ)法があります。
関節の前側に烏口突起と共同腱を固定することで、関節が前側に脱臼しようとする力を抑える効果が期待できるため、鏡視下手術より術後の再発率は低くなります。一方、外転外旋をするための可動域が狭くなるためオーバーヘッドアスリートの利き手側への適応は慎重を要します。手術の切開方法としては直視下、オール鏡視下、鏡視補助下の3つがあり、烏口突起移行術単独で行われる場合と鏡視下・直視下バンカート修復術が併用される場合があります。

烏口突起移行法の一例(Bristow(ブリストウ)法)
烏口突起移行法の一例(Bristow(ブリストウ)法)

鏡視下バンカート修復術と烏口突起移行術はどのように使い分けますか?

烏口突起移行術は、脱臼を繰り返すことにより受け皿(関節窩)の前方の骨欠損が大きい場合、前方関節包の損傷が重度の場合、鏡視下バンカート修復術・HAGL修復術の術後再発の場合、ラグビー・アメフト・格闘技など鏡視下手術で関節唇・関節包を修復しただけでは再発のリスクの高い場合に適応されます。特にラグビー・アメフト・格闘技などのハイリスク例では、生まれ持った肩よりも脱臼しにくい肩を目指してこの方法が選択されることがあります。それ以外の場合には、鏡視下手術で対応することが多いです。野球をはじめとするオーバーヘッドアスリートの利き手側では安定性とともに柔軟性であるいわゆる“しなり”が必要なため、烏口突起移行術の適応は慎重を要します。
手術方法の選択は、スポーツの種目、利き手かどうか、関節窩骨欠損の程度、前方関節唇・関節包の損傷の程度など、そして担当する医師の治療方針によっても異なります。また手術の一般的なリスクとして、鏡視下バンカート修復術には術後脱臼のやや高い再発率、烏口突起移行術には神経・血管損傷、骨片の癒合不全、スクリューの緩みなどがあります。そうした手術のデメリットについても、担当医師からしっかりと説明を受けた上で、手術方法を選択することが大切です。

肩関節脱臼の手術を受けた後、回復までの経過を教えてください

手術の翌日からリハビリをスタートします。入院期間は医療機関によりますが、日帰りから4日間程度で、術後3~4週間は装具固定します。肩可動域訓練は装具固定が除去されたら屈曲、その1~2週後から外転(外側から腕を上げる動作)、術後2ヶ月から外転外旋といった順番で順次進めていきます。筋力訓練は手術翌日から関節を動かさずに筋肉に力をいれる訓練、術後4週からチューブ訓練、術後2ヶ月からダンベル訓練、術後3ヶ月からマシンによるウエイトトレーニングを開始します。肩に影響しないデスクワークや車の運転は術後1~2週間後から可能です。
スクワット・エアロバイクなどの患部外トレーニングについては、術後早期から開始します。ただし、ランニングは腕振りをともなうのと着地の衝撃が肩にも加わるので、ジョギングは術後6週、速めのランニングは術後8週頃から許可します。練習再開時期はコンタクトのないスポーツなら術後4ヶ月、ラグビーやアメフト、柔道など肩に強いストレスがかかるコリジョン・コンタクトスポーツは術後6ヶ月後が目安となります。競技復帰時期はそこから通常2~4ヶ月かかりますが、野球選手の投球側の場合は、安定性と柔軟性が両立しなくてはいけないため、競技復帰には術後1年以上と長くかかる傾向があります。

手術後のリハビリは、なぜ半年近くかかるのでしょうか?

手術はあくまで、関節唇や関節包をスーチャーアンカーを用いて骨に仮固定しただけなので、生着する前に強い力がかかると組織がまた剥がれてしまいます。縫い付けた部分の組織がしっかりと骨に根を張って強度が上がってくる3~4ヶ月後までは、ある程度の患部の保護が必要です。手術した肩を保護しつつ、肩の可動域や筋力を徐々に戻し、患部外を含めてそのスポーツに必要な動きまで回復させた上で競技復帰を目指します。
また、術後の脱臼の再発を防ぐために肩関節の瞬発力を強化する訓練も行います。手術とリハビリはセットだと考えてください。復帰まで一定期間を要するので、モチベーションを維持することも重要です。理学療法士や医師とチーム一丸で取り組むことと、きちんとゴール設定をすることが大切だと思います。目標とする試合に戻りたいタイミングから逆算して、戦略的に手術の時期を決めるといいでしょう。

肩の脱臼に悩んでいる方にメッセージをお願いします

若いアスリートの反復性脱臼は自然に治りにくい病態です。自己判断で対応せずに、まずは専門医を受診して肩に何が起こっているのか、その時点で何をすべきかを知ることが大切です。再発のリスクが低ければ保存療法で対応することになります。また、コンタクト・コリジョンスポーツやオーバーヘッドアスリートの利き手側の場合はパフォーマンス低下に直結しますし、スポーツ種目や将来携わる職業によっては脱臼の再発が生命に関わることもありますので、手術を選択する可能性が高くなります。専門医と十分相談し、自分の目標に合わせて治療方法を考えていきましょう。


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