専門医インタビュー
東京都
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人工膝関節置換術は、手術方法、医療機器の進歩、そして人工関節の耐用年数が延びてきたことで、以前よりも手術を受ける方が増えています。しかし手術を受けた全ての方が結果に満足されているわけではなく、術後かなりの期間が経過しても、痛みやしびれ、腫れといった症状を訴える方もいるようです。その原因や対処方法などについて、東京女子医科大学病院整形外科の伊藤匡史先生に伺いました。
膝の痛みを我慢されている中高年の方は多くおられます。中には、例えば農作業など膝に負荷がかかるお仕事をされていても、「みんなも痛みを我慢しているから、これぐらい大丈夫だろう」と長年思われ、かなり悪くなってから受診される方もおられます。
膝の変形がひどくなるまで我慢し続けると治療法が限られますので、寝ている時や歩いている時に支障をきたすくらいの痛みが1~2週間続くようであれば、整形外科を受診したほうが良いでしょう。
膝に痛みが出る疾患には、変形性膝関節症や大腿骨内顆骨壊死など様々なものが考えられます。まずはお近くの整形外科を受診して原因が特定できれば、それにあわせた治療を受けることができ、安心感にもつながると思います。
ヒアルロン酸注射
変形性膝関節症と診断された場合、一般的には運動療法や薬物療法などの保存療法から始めます。運動療法は、太もも前側の大腿四頭筋を中心に強化します。筋力が改善し膝が安定すれば、痛みを軽減し、病期の進行を遅らせることも期待できます。薬物療法は塗り薬や湿布などの外用薬、痛み止めの内服薬、そして膝関節の滑りを良くしたり炎症を抑えたりする効果のあるヒアルロン酸を関節内に注射することがあります。
その他に自己の血液などから抽出された成分を膝関節内に注射することで抗炎症作用を期待する方法もあります。その他に日常生活や仕事などで注意していただきたいことは、強い痛みを感じている時は、膝に負担がかかる無理な動きを避けるようにすることです。
多くの方は保存療法を続けることで、症状の改善が期待できます。しかし軟骨がすり減り、骨同士がぶつかるほど変形が進行してから保存療法を開始した場合は、十分な効果が得られないこともあります。そのような方が膝の痛みのせいで日常生活に不自由を感じていれば、手術を提案されることがあります。
代表的な手術には膝周囲骨切り術や人工膝関節置換術があります。どの手術が適応になるかは病期の進行度や患者さんの健康状態などにより異なります。
人工膝関節置換術は損耗した骨の表面を削り、削った表面部分を人工関節に置き換える手術です。人工膝関節置換術には人工膝関節部分置換術と人工膝関節全置換術があります。部分置換術は、膝関節の内側もしくは外側の軟骨が摩耗し変形が中等度くらいまでの方が適応となります。一方の全置換術は、骨同士がぶつかった結果、骨が摩耗し変形が高度になった方が適応になります。最近の人工関節は長持ちするようになっていますが、あまりにも若い方が手術を受けると、再手術が必要となることがあります。
骨切り術は、膝のすぐ下の脛の骨や膝のすぐ上の大腿骨に切れ込みを入れ脚全体の形を変える手術です。その結果、膝関節の内側もしくは外側にかかっている荷重を健常部に移動させることで軟骨摩耗部位の痛みを軽減させます。
変形の程度に関して言えば膝周囲骨切り術と人工膝関節部分置換術は同じような方が適応となることも多いのですが、一般的には膝周囲骨切り術は年齢が若く活動性が高い方、人工膝関節部分置換術は年齢が高く活動量が比較的低い方に行われることが多いです。
人工膝関節全置換術(左)と部分置換術(右)
骨切り術
手術方法が進歩したので、従来よりも短時間で手術を終えられるようになっています。患者さんごとに膝関節の変形度合いや骨の大きさなどが異なるため、これまでは骨を切る角度や厚みが手術を行う医師の経験値や勘に頼られていた部分も多くありました。もちろん熟練した外科医の経験値や勘は重要です。手術件数が増加しても、手術の質の担保は必要です。近年は手術支援ロボットやナビゲーションシステムなどが導入され、外科医の勘に頼らずとも正確な手術が行えるようになっています。またできるだけ患者さんに侵襲を加えない手術法や、色々な鎮痛薬や医療用麻薬を使い手術後の痛みがより軽減できるようになっています。このような進歩や人工関節の耐用年数が向上してきたことで、幅広い年代の方が手術を受けるようになり、現在約10万件の人工膝関節置換術行われています。
多くの方は人工膝関節全置換術を受けて満足されていますが、一方で、しびれが出る、完全には痛みが取れずに残った、思ったように膝を曲げられない、とおっしゃる方もおられます。
傷口周囲のしびれについては感覚が鈍くなる状態も含め、手術後に34%の方がいつも・たまにしびれを感じるという調査結果があります。しびれの原因として、膝の皮膚を切開したり伸ばしたりすることで、皮膚の神経に障害を与えている可能性があります。ただし、そのような症状による歩行への影響はほとんどなく、時間の経過とともに緩和していく患者さんもいらっしゃいます。
膝に水が溜まったり腫れたりするのは、手術そのものの侵襲による炎症が起きていることが考えられ、半年くらい続くことがあります。ただし1年以上経過しても腫れなどが続く場合は、他に原因があるかもしれないので、主治医に相談されたほうが良いでしょう。まれに膝に熱を持ってすごく痛くなることがあります。その場合は手術部位感染症の可能性があるので、すぐに手術を受けた病院へ連絡をしてください。
人工膝関節置換術を受ければ、元々あった痛みの原因を取り除けるので症状の改善が期待できます。決して若い頃の状態に戻せる魔法の手術ではありませんが、毎日適度な運動やリハビリを行うことで、筋力や可動域が改善し術後膝機能の向上が期待できます。
人工関節がしっかり馴染んでくるには手術後2年ほどかかるという報告があります。手術後3~6ケ月程度は膝が腫れていると思いますが、この期間も含め毎日しっかり膝の曲げ伸ばしや筋力トレーニングなどを行い、ご自身が目指す膝の機能を獲得できるように頑張りましょう。
変形性膝関節症の手術には、骨切り術や人工膝関節部分置換術、人工膝関節全置換術があり、それぞれ適応となるタイミングが異なります。できるだけご自身の健常な膝関節を温存出来たほうが、術後の違和感が少なくすみます。そのためご自身の膝関節を温存できる骨切り術や、健常な部分を残せる人工膝関節部分置換術のタイミングは大切です。
しかし膝関節が変形しているからといって痛みが強くなければ、すぐに手術を提案されることはあまりありません。
ご自身の状態にあわせた治療法や、痛みと上手に付き合う方法を相談しましょう。できるだけ膝の痛みに悩まない人生を送るために、気軽に整形外科医にご相談ください。
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