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専門医インタビュー

がん患者の運動器障害「がんロコモ」 整形外科医の積極的かつ包括的関与で最期まで自分で動くためのQOLの維持・向上が可能に

  • 田中 太晶(たなか たかあき) 先生
  • 福井大学 医学系部門 医学領域 地域高度医療推進講座 講師
    福井大学医学部附属病院 整形外科 外来医長
  • 0776-61-3111

福井県

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医学博士
専門分野:骨軟部腫瘍(転移性骨腫瘍を含む)
所属学会:日本整形外科学会、中部整形外科・災害外科学会、日本リハビリテーション医学会、日本癌学会、日本がん転移学会
認定医・専門医など:日本整形外科学会 整形外科専門医、日本がん治療認定医機構 がん治療認定医、日本整形外科学会認定骨・軟部腫瘍医

この記事の目次

従来、整形外科医ががん診療に関与する機会はあまりありませんでした。しかし、がん診療の進歩に伴ってがん患者さんの生命予後が飛躍的に改善した現在、がん患者さんが最期まで自分で動けるQOL(生活の質)の高い、充実した人生を送るためには、運動器の専門家である整形外科医の積極的かつ包括的ながん診療への関与が欠かせません。今回は、福井大学医学部附属病院 整形外科 外来医長の田中太晶先生に、「がんロコモ」への対策や整形外科医ががん診療に関与することのメリットなどについてお話をうかがいました。

骨・軟部腫瘍とはどのような疾患ですか?

転移性脊椎腫瘍

転移性脊椎腫瘍

骨(こつ)・軟部腫瘍(なんぶしゅよう)とは、骨や筋肉・神経・皮下組織などの軟部組織に発生した腫瘍の総称で、良性腫瘍と悪性腫瘍があります。悪性の骨・軟部腫瘍を「肉腫」と呼びますが、日本での発生率はがん全体の約0.3%であり、稀な疾患といえるでしょう。しかしその一方で、他の場所にできたがん細胞が血流に運ばれて骨に移動し、そこで増殖する転移性骨腫瘍(骨転移)は年間100万人に発症し、2人に1人が がんに罹患すると言われる現在においても増加傾向にあります。骨転移は全てのがんで生じる可能性がありますが、中でも乳がん、肺がん、前立腺がん、腎がんなどに多く、乳がん患者さんでは、死亡時の病理解剖において約75%に骨転移が認められるといわれています。

最近、「がんロコモ」という言葉を耳にしますが、どのようなものでしょうか?

車いすと杖を使っての歩行

ロコモティブシンドローム(ロコモ)は、骨や関節、筋肉といった運動器の障害のために、歩くなどの移動機能が低下した状態のことで、進行すると要介護になる可能性が高くなるといわれています。「がんロコモ」とは、がんやその治療が原因でこのロコモティブシンドロームになってしまうことです。
骨転移が原因でがんロコモとなることも多いのですが、骨転移したがんはステージⅣに分類され、以前は生命予後が良くなかったこともあり、運動器障害に対する積極的な治療が行われることはほとんどありませんでした。しかし、現在はがん診療の進歩に伴ってがん患者さんの生命予後が改善しており、約20年前に3カ月といわれていた骨転移のある肺がん患者さんの予後が今では数年に延びています。また、腎がんは骨転移巣を取ることで予後が改善するというデータも出ています。今やステージⅣは「末期がん」ではなく「進行がん」であり、骨転移があってもがんと共存し生活している患者さんはたくさんおられます。このような背景の中、がん患者さんが最期まで自分で動ける充実した生活を送るために、運動器の専門家である整形外科医が、がん診療へ積極的に参加することが求められています。

がんロコモの主な原因と、その改善法について教えてください

ガンロコモには3つの原因がありますので、それぞれについてご説明しましょう。

がんによる運動器障害

骨折

主に骨転移によって骨にがんができることで、痛みや骨折、麻痺といった運動器障害が生じます。化学療法(抗がん剤治療)や放射線治療が有効な場合もありますが、手術が必要になるケースもあります。例えば、大腿骨転移により骨折して歩行困難になった場合は、腫瘍を切除して骨欠損部分に腫瘍用人工骨頭(しゅようようじんこうこっとう)を置換して歩行を可能にしたり、予後予測が短い場合は腫瘍には触らず髄内釘(ずいないてい)による内固定術によって痛みを軽減させることもあります。また、脊椎転移による神経圧迫で麻痺を生じた場合は、神経圧迫を取り除く手術をしないと麻痺が改善しないこともあります。いずれにしても、手術は身体に負担がかかるので、予後予測や全身状態、個々の患者さんの希望などを十分に考慮したうえでの判断と術式の選択が必要です。特に大切なのは患者さんが手術をして良かったと思えること。そのためにも、いくつかの選択肢を用意し、患者さんとしっかり話し合うことが重要だと考えています。

がんの治療による運動器障害

正しい指導の下で適切なトレーニングを行うことが大切

主に抗がん剤の投与や手術後の長期安静によって起こる筋力低下が原因で、徐々に歩けなくなるなどの運動器障害が生じます。抗がん剤による化学療法を行うと、多くの場合やせてしまいますが、がんに立ち向かうためには、筋肉をつけることがとても重要です。積極的な筋力トレーニングをお勧めします。介護保険が使えるジムなども増えていますので、上手に活用すると良いでしょう。身体を動かせば食欲も増進し、質の良い睡眠にもつながりますので、栄養と休養の環境が整います。ただし、やみくもに身体を動かせばいいわけではありません。正しい指導の下で適切なトレーニングを行うことが大切です。

がんと併存する運動器疾患の進行

歩行時に脚がもつれる

がんの治療を優先することで、変形性関節症や骨粗しょう症、腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)、頚椎症性脊髄症(けいついしょうせいせきずいしょう)(字がうまく書けない、箸がうまく持てない、歩行時に脚がもつれるなどの症状が出る)といった、もともと持っている運動器疾患の治療が後回しにされて起こる症状を進行・悪化させる場合があります。高齢者の多くは何らかの運動器疾患を有していますので、がん診療と並行して手術など運動器疾患の診療が適切に行われれば、日常生活への支障が大きく改善することが期待できます。

整形外科医が、がん診療に関与するメリットを教えてください

骨転移のあるがん患者さんの治療に骨の専門家である整形外科医が関与し、手術など適切な治療を行えば、がんロコモが改善し、患者さんのQOL(生活の質)が向上する可能性が大いにあります。それによって歩行機能が改善すれば、外来での化学療法が可能となるなど、がん治療そのものの選択肢も広がります。痛みを伴なう骨転移がある場合、一般的には放射線治療が推奨されます。けれども骨転移があっても症状(SRE:骨関連事象)に影響がなければ、手術や放射線治療は必要なく経過観察で十分な場合があります。しかし、整形外科医が関与していないケースでは、骨転移が認められた段階で放射線治療が行われることも少なくないようです。放射線治療によってがんを取り除いたように見えても、再発してしまうと同じ場所に放射線治療を行うことができないケースもあります。整形外科医によって適切な評価が行われれば、必要のない放射線治療を回避することで、放射線治療を効果的に実施することが可能となります。

がん患者さんへメッセージをお願いします

病は気からといいます。2人に1人が がんに罹患するといわれている現在の日本では、がんと診断されてもむやみに落ち込まず、「自分の番が来たんだな」くらいの気持ちで治療に臨むほうが、予後にも良い影響を及ぼすように思います。がん患者さんの運動器障害である「がんロコモ」に対しても、整形外科医が積極的かつ包括的にかかわることで、患者さんのQOLの維持・向上が可能となり、最期まで自分で動ける生活が望めるようになっています。
また、現在のがん治療は、がんの治療を行っている主治医だけでなく、リハビリテーション科や放射線科、整形外科など各科の医師、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士といった多診療科・他職種が連携するチーム医療で行われています。「主治医よりも看護師さんのほうが本音で話せる」、「悩みを打ち明けることが多いのはリハビリの先生」という患者さんも多いのではないでしょうか。こういったチーム医療を十分に活用していただいて、がん患者さんの入院生活や療養生活、治療がより充実したものになることを願っています。


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